小学校2年生の登校拒否~低学年の不登校をこうやって克服した[体験談]

小学校の運動会

 

あなたのお子さんは何年生でいらっしゃいますか?

どんな状態ですか?

 

朝は布団から出れないですか?

朝は体調が悪いですか?

 

小学校の低学年ではまだまだ親に甘えたい年齢。母子で離れられない分離不安というものがあります。分離不安については小学校の不登校の原因とその心理とは?で書いていますので参考にされてください。

でも小学校低学年の場合はちょっと休みたいから休む、本当に体調が悪いだけと言うことも良くあること。また、本人もまだまだ幼いから理由がはっきりわからない、または本人がよくわかっていないから、適当に思いついた理由を言うということもあるのです。

 

幼稚園から小学校へと生活がうんと変わった1年生は勿論、ちょっと緊張が解けて疲れが出てきた2年生も案外学校に行けなくなる子がいる時期。

 

モジャ博士
ですから、まず低学年の場合は親が大騒ぎをしないこと、それから、ゆったりとお子さんができる環境を整えること。

 

すーママ
お子さんの心が安定すれば、話の中から解決への糸口が見つかるかもしれません。

 

これからお伝えするのは2年生で登校拒否になり、克服したS君の話。

参考になることがありますように!

 

小学校2年のS君登校拒否になる

小学生の勉強風景

 

小学校1年に入る前の春休み、S君一家は引っ越ししてきました。幸い近所には同年齢の子どもたちも多く、S君は早速毎日遊ぶように。

入学した学校は集団登校でしたから、今までの幼稚園よりずっと遠かったけれど、学校に行きやすく、よく遊びにも行っていましたから、お母さんはすっかり安心していたそう。

 

ところが、2年生のゴールデンウィークの後、S君は朝体調が悪くなりました。熱はありませんが、しんどそうにして、今日は休むと言うのでとりあえず休ませることに。

朝はとてもしんどそうでしたが、お昼頃になると元気になってきました。明日は行けそうとお母さんはホッとしました。

 

しんどそうではもうありません。お母さんもこれなら明日はいけるわと一安心。

 

ところが次の日にお兄ちゃんもいっしょに集団登校の集合場所に行こうと言っても行ける様子はありません。何日も過ぎ、さすがにお母さんも心配になりました。先生も心配しています。

 

お母さんはS君が落ち着いたのを見計らってS君とゆっくり話してみることに。すると、学年で人気のあるI君が首を絞めたと言うのです。

 

首を絞めたと言っても、その時青ざめて帰ってきたのではないから、ふざけだと思い込んだお母さん。そのことを先生に伝えたものの、特にI君に親から話をすることはありませんでした。

 

それからお母さんは2週間に1度カウンセリングに通うことにしました。S君も1-2回通いました。

 

友だちから嫌なことをされて落ち込むのは誰にでもあること。人は必ずしも自分に良いことばかりしてくれるとは限りません。でもやさしくしてくれる人がいることも、人の中からでしか学べません。

 

そして良いこともあるから、私たちは元気に生きれるのですよね。友だちの中でもまれることでSくんは成長する部分が多いとのことで、おかあさんはS君がたくさん友だちと遊べるようにと心を決めたそう。

 

まずお母さんがしたのは、学校の先生と話し合うこと。そして、先生から提案されたのが、お母さん同伴で学校に来られてはどうですかとのこと。

 

お母さんがまず思ったのが、「そんなこと息子ははずかしいのでは?」でした。しかし、S君に聞いてみたところ、お母さんの予想に反して、お子さんは「(お母さんが来ても)いいよ」と答えたそう。休み始めて1ヶ月がたっていました。

 

最初は少し遅刻して二人で登校。最初はS君の隣にお母さんも座って授業を受けます。お母さんからしたら、本人が恥ずかしくないのかな?と少し心配になりましたが、本人はいたって平気。

 

そ知らぬ顔で授業を受けます。そして、お母さんの不安をよそに、その日S君は最後の授業まででることができました。

 

そしてS君は2日後から朝お母さんと集団登校できるように。お母さんが行くことで本人もしんどそうな日もあったけど、行かなくてはと思ったよう。

そうしてS君が慣れてきたところで、S君の横ではなく教室の後ろで授業をうけるようになりました。毎朝S君と一緒にでかけ、休み時間はS君の視界にあまり入らないところで見守る。給食時間はお母さんは持ってきたおにぎりを教室の後ろで食べるS君が帰るとき10歩後からついてゆく。帰ってからも友だちが遊びに来たり、遊びに行ったり。

 

S君の毎日は学校に行き、帰り、友だちと遊ぶ、ときどきおじいちゃんおばあちゃんが来ても、友だちも来ている、そんな日々の連続でした。S君の顔には笑顔が戻り、S君は得意な鉄棒や、縄跳び、跳び箱の見本をみんなの前で体育の時間に披露するほどになりました。

 

S君お母さんはといえば、存在はクラスで人気になりました。クラスの子どもたちは「おばちゃん」と言って寄ってきます。まるで学校の先生の補助が一人増えたようです。

 

クラスの子が話しかけてくれるのは嬉しいし、みんながかわいいけれど、「授業のさまたげにならないよう気を使いました」とおかあさん。「でもお陰で、息子の学校での様子や、同年齢の子どもの状況理解が深まりました」とも。

 

登校拒否のS君、それからどうなった?

公園で走る男の子

 

夏休みは友だちとも一杯遊び、夏休み明けからはまたお母さんと学校に行く日が再開。あっという間に日は過ぎ、秋になりました。

 

運動会には親の席からではなく、子どもたちの席の区画の後ろの方に一緒にすわりました。息子はそしらぬ顔をして2年生の友だちと応援したり演技したり。元気な笑顔を見せました。

 

学校にお母さんと通い始めて7ヶ月頃たった翌年の1月頃だったでしょうか、S君はときどき先に帰ってもいいよと言ってくれるように。おかあさんは週に1-2回おにぎりなしで学校に行くようになり、お昼前にお母さんだけ先に帰ることになりました。

 

2月3月には週3-4回におにぎり無しの日が増えました。でもまだまだ朝は一緒です。

 

S君は3年生になる始業式の前日のことです。

S君はお母さんに言いました。「明日から一人で行けるから」

全く予想していなかったお母さんはびっくり。お母さんはそのことを今でも鮮やかに思い出すそう。

 

まとめ

心象風景 双葉

 

これは登校できなかったお子さんが、行けるようになった実話です。

 

モジャ博士
すべて、ケース・バイ・ケースですので、わたくしが親子登校を特に薦めているのではないことをご理解ください。

 

ただこの場合はこれが有効だったということ。

親子で行く必要がない場合だってたくさんあると思います。特に、お母さんがお仕事をされておられる場合はぜひこの点については必要かどうかは慎重に判断する必要があります。

 

きっかけが本当であったかどうかは、わかりませんし、それ以外の原因もわかりません。

ただ、小学校が幼稚園に比べて遠かったこと、入学して一年は緊張していたけれど、疲れが出たきた時期、些細ないやなことが重なったのかもしれません。

 

すーママ
また、親子で通うことはお母さんにとって大変だったかもしれませんが、絆が深まったのは間違いありません。

 

その後S君は小学校で一番好きになった男の先生に3年生で出会い、百人一首で100人全部覚えた6人のうちの一人となりました。

 

親子で「行けない理由」を話しあえたこと、お子さんができる方法をとりあえず試したこと、少しでも環境を整えことが良かったですね。

 

モジャ博士
お母さんはお子さんを急がせることなく途中でもお子さんと相談しながら進めたのが成功の鍵でした。

 

最後にお母さんの言葉をみなさまにご紹介したいと思います。

毎日子どもと朝からでかけることで、子どもも子どもなりに大変なことも乗り越えていることに気づけました。私自身に息子以外の小さなかわいい友だちが増えたのも宝。ただし、楽しいことばかりではありませんでした。正直大変だったり、つらいこともたくさんありました。秋ごろは正直この毎日がいつまで続くのだろう、明日は「もうお母さんいいよ」と言ってくれないかなとよく思ったものです。

でも、実際に息子が学校に行けるようになったときには、ほとんどそんなことは考えていませんでした。毎日毎日をただひたすらすべきことに集中。「こうなったらもうトコトン付き合ってあげようじゃないの。」みたいな感じでしたね。親が無心になって行動しているときには子どもにもプレッシャーがなく、次の段階に進みやすいのかもしれません。

 

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