登校拒否〜中学生の不登校の克服とその後 [後編]

立っている男子

 

中学1年生で不登校になったT君。中2から適応教室に通い、初めの日は10分だけの参加。それが15分になり、30分になり、少しずつ少しずつジリジリと時間が伸びてゆく。

最初は週に1回帰りだけ片道1時間かけて歩いて帰れるように。そしてそれが2日になり、3日になり、、、そして毎日帰りは歩いて帰れるように。

そして今度は朝も少しずつ少しずつ歩いて帰ることができるように。

そうやって少しずつ適応教室に馴染んでいったT君。その続きをシェアします。

T君のその後ー適応教室を楽しむ

受験の黒板

 

中学2年の間に、行きに1時間、帰りに1時間かけて歩いて通えるようになったT君。適応教室の先生のあたたかさに、すっかり気持ちもほぐれてきた。

先生たちは絶対無理強いしない。だけど人懐っこく、誘ったり、話しかけてくれる。T君は家で先生たちの話をするようになった。友だちの話もするようになった。

でもまだ適応教室の行事は積極的になれない。3年生がもうすぐ始まろうとしていた。学校では3年生はまた別の先生が担任に。

T君は中学に行く気は全くありません。適応教室に行けば、出席日数になるということを聞いて、それで安心してほっとしているのかも。

T君のお母さんは別のことが気になっていました。中学に入った頃のT君は勉強ができる方だったので、全然心配していませんでしたが、休みが続いて授業を全く聞かない期間が増えると、どんどんクラスメートと学力の差が開くことに。

それはある意味当たり前。なぜかと言えば、T君は中学1年夏休み以降一度も授業に出たことはなかった。適応教室では勉強はしたい人が自主的にするもの。

適応教室では学校のテストを預かってくれて期末や中間テストを受験できました。でもどんどん成績は下がってしまうことに。

適応教室に行っているために出席日数に数えてもらえても、内申は悪いから受験はかなり厳しいと親も理解していましたが、学校の勧めでも全く学校に行けていなかったので、残念ながら相談はできない状態に。

適応教室の行事は3年の夏になってようやく楽しめるまでになりました。国体のお手伝いをしたり、ボートをみんなで手作りしたり、夏のキャンプでは熱を出して、途中で迎えに行ったけれど、楽しい毎日でした。

夏にはもう一つ大きな用事がありました。オープンキャンパスです。学校からどこも推薦してもらえなかったので、とにかくお母さんんは探しました。

行けそうなところはあまりなくて、遠くても仕方ないと腹をくくりました。その中でT君に合いそうなところを選んで5校ほど見に行くことに。

 

どちらかといえばまじめで勉強が得意なT君は自然の中ばかりにいる体験主体の学校は向かないようでした。お母さんは車の運転が得意でないので、お父さんが遠い学校はついて行ってくれました。

その中で、全寮制で勉強も其々のレベルでさせてくれる学校が気に入っていたよう。その学校は不登校も受け入れしているけれど、全日制。

オープンスクールに行ったときにお世話になった先輩がなんと自宅の近くの中学出身で、高校で自転車部に入りインターハイに出場するほどの成長をした先輩だった。

T君はとても感動してオープンスクールから帰ってきました。「ここなら遅れている勉強も取り戻せるかも知れない。」そう思ったよう。

お母さんお父さんは「大丈夫かな?」とちょっと心配したそう。でも絶対言うまい。本人が希望したら、心配でも送り出そうと決めていたそう。

T君は、この学校に行きたいと思いながらも、自信が持てず本当に迷っていました。でも最後はお父さんががんばってみたいなら、やってみたら。と息子の背中を押してくれることに。

試験といっても、オープンスクールで人となりは学校側もわかっているから、試験は面接と簡単な学力試験だけ。学力が足りなくて入れないと言うことでもなさそう。

だとすると、結局は本人次第。本人がまず決めたのですが、お父さんお母さんも再度腹を決めたのです。「ダメなら戻ってきてまた再出発すれば良い。」

T君高校に入学する

サッカーする少年

 

入学後しばらくは親から連絡しないようにと説明されました。まだまだ子どもの部分がある息子たち。だから里心つきやすい。

だからお母さんも心を鬼にして連絡しませんでした。時々空を見上げては息子が元気かしらと思ったそう。

 

1学期が終わる頃学校へ様子を見に行きました。息子はこちらを見ないほど、学校に溶け込んでいました。

いやもしかしたら、自分から里心つかないようにあえてこちらを見なかったのかも。入学前には普通クラスを希望していたT君ですが、テストを受けたところ、勉強を一番たくさんさせてくれるクラスを勧められ、そこに入り必死で勉強していました。

 

中学2年の5月から毎日適応教室に通っていたとは言え、勉強は全くと言っていいほどしていなかったので、学校で勉強、帰って寮でも夜遅くまで毎日勉強する生活はどんなに大変だったことか。

でもクラスメートがいる環境がT君を支えてくれました。また担任の先生も寮での勉強にも付き合ってくれると言うアットホームな環境がT君の支えになったのは言うまでもありません。

 

学校では必ず係やクラブに入ることが決まっていました。中学では係やイベントなどは不得意でしたから、この点が心配だったお母さんですが、T君は図書係と卓球部に入り友達もでき、部活の副キャプテンにもなりました。

3年には、休み時間に友達と外でサッカーをして、駅伝に出るなど受験生ながらも楽しんだようです。受験自体はかなり試験に落ちてしまい、結局滑り止めの学校に行ったそう。

 

最初は落ち込んでいて気になりましたが、大学に通ううちに、もっと苦労している人がたくさんいることに気づけたとのこと。いまでは大学を卒業して立派な社会人です。

 

まとめ(他の人の体験からの学び)

心象風景 シクラメンの鉢植え

 

T君は適応教室の先生や友だちの力を借りてどんどん成長しました。ゆっくりだって、他人と比べる必要などないのです。本人が生きたい人生を生きることができるスキルや対人能力、根気強さ、我慢強さなどを学べていれば大成功。

 

モジャ博士
この話からは親は見守ること、余分なことは言わないことが大切であることもわかります。

 

すーママ
受験が思い通りにいかなくてもちゃんと立ち直ったT君。逞しくなったことが感じ取れます。

 

 

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