登校拒否〜中学生の不登校〜克服とその後[体験談・前編]

悩む高校生男子

 

不登校になった中学生のお子さんは家でどんな気持ちでおられるのでしょうか?

中学校に入って不登校になったら親はどんなことを子どもに言えば良いのでしょうか?

 

親がどうしたら早く不登校を克服できるようになるのでしょうか?

これは中学で学校に行けなくなったT 君の話。みんなに役立つとは限らないけれど参考になることもあるかも。お伝えします。

 

登校拒否の中学生〜なぜ行けなくなった?

部活 野球部

 

T君は中学で野球部に入りました。小学校の時から野球が大好きだったのです。

小学校の時にはクラブには入っていなかったけれど、友だちと誘い合って広場で暗くなるまで草野球。ワイワイ野球をするのが大好きでした。

勉強のできたT君でしたから、中学に入っても勉強はそう大変ではありませんでした。しかし、宿題の提出がテストの日になっているので、コツコツと勉強しなければいけないのに、T君でもなかなかできなくて、テスト前は少し大変に思いました。

 

テストの範囲も小学校とは比べものになりません。小学校でクラブチームに入って来なかったT君は中学での部活が本当に大変でした。小学校からチームで野球をやってきた子たちは動きも体力も違いました。

部活で普段は疲れてしまって、なかなかずっと先の提出期限の宿題はできませんでした。結局テスト前に宿題とテスト勉強を慌ててやることに。

 

夏休みは毎日部活。なのに、夏休みの宿題は7月中にするようにと言われました。全部やって8月に部活に持って来なければ練習をせずに夏休みの宿題を学校でするようにとの命令。

体育会系でなかったT君はまさかと思いました。夏休みに入り週1の休みの日も疲れてダラダラして宿題はちっとも進みません。とうとう8月になってしまいました。

 

野球部に行くと宿題ができていない子は叱られて、みんなが部活の練習を頑張っているのに、部屋にカンヅメで宿題をすることに。次の日もT君は宿題でした。その後T君はやっと宿題ができると練習にに出ることができるように。

部活で水をバケツに入れて必死で運んでいる時、先輩がバケツの中に靴を投げ入れてバケツがさらに重くなりました。その時T君の中で何かがプチんと音を立てて壊れました。

 

それでもT君はどうにか部活に行きました。しんどそうでした。お盆休みがあり、T君はやっとくつろげました。そしてそのまま部活には行かなくなりました。

9月。宿題は8月に部活で締め上げられたので一応できています。でも学校には行けません。行くエネルギーがなかったのです。

 

1週間ほどして担任の先生もおかしいと思い連絡を取ってくれましたが、T君は先生に会いたくありません。電話も出たくありません。

1年の担任の先生は怒ると怖い先生でしたが、T君のお母さんにはそんなことはありませんでした。T君のお母さんはT君に「学校に行きなさい」とは言いませんでした。

 

T君は真面目な子でしたから、学校に行かなければならないと思っていました。お母さんはそのT君の気持ちはよくわかっていたのです。

でもお母さんは、とても学校に行って欲しいと思っていました。もしかすると、それはT君に伝わって、プレッシャーになっていたかも。

 

お母さんは最近学校が楽しくないかもとは薄々感じていましたが、まさかの出来事。毎日今日は行けるか、明日は行けるかと動揺するばかり。

T君は相当辛かったのでしょう。部屋のドアの向こう側に家具積み上げてドアが開かないようにして立てこもってしまいました。ドアの向こうからお母さんが話してもドアを開けなかったのでお母さんはお父さんと相談してドアを外してしまいました。

 

お母さんは不安でしたが、教育総合センターのカウンセリングに通うようになりました。あちこち講演会を聞きに行ったり、本を借りて読んだりしました。

時々先生が家にも来てくれましたが、T君は絶対会おうとしませんでした。先生もそれは悲しそうでした。

 

T君適応教室に通い始める

学校の文字

 

中学2年になって担任の先生は学年の別の先生に変わりました。でも学校には全く行きません。5月になった頃、適応教室を教えてもらったお母さんは、T君と話してみることに。

するとT君は「見に行く」と答えました。お母さんはT君は学校に行けてなくて辛いと感じ、どうにかしたいとは思っているから、見に行くと答えたのだと感じたそう。

 

家から適応教室は距離がかなりありましたから、最初はお母さんが車で送って行きました。駐車場に車を入れるとT君は自分でそちらに歩いて行きました。そして10分ぐらいしたらもう帰って来ました。その日はそれで終わり。一緒に帰って来ました。

次の日はもう少し長かったです。その次の日は15分のまま、その翌日は30分と少しずつ長くなりました。しかし、そう簡単にはどんどん長くはなりません。日によって少し短い時間に後戻りすることも。

 

それでも、少しずつ時間が伸び1時間程度になると、お母さんは一度家に帰ることにしました。と言っても、まだ時間が短いので帰ったらすぐに電話がかかってきてまた車で迎えに行く日が続きました。

お母さんにしてみたら、家に帰っても何もする時間がないので帰るのは無駄とも言えますが、お母さんが帰ることに意味が。そうして、少しずつ少しずつ時間が伸び、お母さんはお弁当をT君に持たせてあげることができるように。

 

この頃から適応教室の友だちの名前が出てくるようになりました。T君の顔が変わってきました。その時のお母さんの喜びようと言ったら!

そして時間は少しずつのび帰りは5回のうち1回歩いて帰るようになりました。そのうち1回は2回に2回は3回、4回と増え、全部自分で歩いて帰ってくるようになりました。肩道1時間くらいかかりましたから、最初は心配でしたが、良い運動になるよう。

そのうち行きも歩いて行くようになり、お母さんは晴れて送り迎えから卒業です。気がつくともうすぐ中学3年に。(後編に続く)

 

まとめ(他の方の体験からの学び)

心象風景 双葉の絵

 

学校に行けなくなったきっかけは部活。でも本当の原因はおそらくもっと別のところに。

 

モジャ博士
T君が学校に行けなくなった時、無理やり行かせなかったこと、「行きなさい」と言わなかったのは良かったですね。T君が落ち着いていられたのはそのおかげ。

 

T君が立てこもった時、お母さんお父さんは心配したかもしれないけれど、これ以上たてもこもれないよう子ども部屋のドアを相談せずに取り外したのは、お子さんの気持ちを受け入れず押し付けてしまったことに。やはり、お子さんと話し合い、お子さんはなぜそうしなければいけなかったのかを、聴けると良かったですね。

お母さんお父さんはお子さんのことを心配して、対応が適当でないこともあるかも知れません。勿論、極端すぎる行動、お子さんのことを責める行動は慎むべき。

 

でもお子さんの安全を守る上で、強行しないといけないこともあるでしょう。大切なことは、専門家の意見も取り入れながら、お子さんの顔を見ながら、進めること。

 

モジャ博士
後から考えると、こうしたら良かったと考えることもあるでしょう。でも、人間間違うことは誰にもあります。

 

すーママ
この記事を読まれているあなたは、お子さんのことを十二分に考えている方ですから、胸を張ってください。

 

お子さんには深いところで伝わっています。気がついたら、どうぞすぐ必要な場合は修正されてください。それで大丈夫です。

 

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